こんにちはぶれんだです。
今日は、愛についてです。
愛っていうとみなさんどんなイメージをされますか?
尽くして見返りを求めないのが愛!って、
結構答える方が多いのではないでしょうか?
本当の愛は、自分が与えて、相手から望んじゃいけないもの。
って、割と考える人が多いように思います。
でも、どうなんでしょう。
最初はそうだったとしても、尽くすだけだと後につらくなってしまう。
行動心理の中に、女性の愛は、
コストと報酬を考えて行動するということが言われています。
頭の中で、自然と計算してるんですね。
わりに合わないことはしない。恋愛でもそう。
出会った頃は、自分に酔ってることもあり、
尽くす自分が抑えられない状態ではないかと。
10代のころは、そう、かなり昔だけど、、
思い出せば、お弁当を作ってあげる。とか
セーターやマフラを編むとか。
彼にあげたい、使って欲しい、食べて欲しい、それを行ってる自分が好き。
って部分があると思います。
20代ぐらいから駆け引きがあって、居酒屋の飲み会なども、
店、メンバー、をみて、「いく?いかない」って
決めていたかもって思いませんか?
30代は、結婚相手を、もちろん一番は、性格の相性をみていますが、
2番、3番には年収や会社などが結婚の決め手になっているとも思います。
40代は、自分が出来上がっているので、自分の価値観と合致できるか、
が重要になってきていると思います。
じゃあ、50代は?
コストと報酬のバランスはどうなっているのでしょうか?
リタイアしたならば、ビジネスでやりきったステータスが
自分とのコスパに見合うのか。
ざっと計算しているかもしれません。
しかし、もう肩書やステータスもいずれ関係のない世代にはいってきます。
元〇〇人、なんて通用しません。
それでも、あなたは自分に見合う愛すべき人って思えるのか。
私は、その人の生きる目標や人に対する配慮や優しさがある人なのか。
50代で人として持っていて欲しい根本的な部分があるかないか?
それが、愛に値するかの判断になると考えます。
50代まで生きてきて、あんたなーんにも学んでないね!って
人を愛するのは難しいかと。
知り合いに、いいとこ、悪いとこ全部好きになって愛する。って
男性がいました。
「ほんとうかよ~」と思いましたが。
それは、目先の細かいとこ、みていないから、
あまり気にならない。ってことだと思います。
太い根っこのところで、「人としてできてるじゃん」
だから、尊敬もできるし愛せる。
そこを見ているんですね。
夫婦仲が悪くなり、夜の店でうっぷんを晴らして、一夜を共にする。
でも、関係が体だけなので、「非常にむなしくなる」と言ってた男性がいました。
そうなんでようね。なんか楽しそうにも思うけど、
ココロから愛おしいっていうのがないなんて、
つまらないって思うのでしょう。
50代になると、山あり谷ありを超えて、
傷だらけのローラ(ひでき!大好きだったな)で、
その傷も 人間として、味のある傷だからこそ、
尊敬できたりするのでしょうね。
俳優のショーケンさんは、もうお亡くなりになってしまいしたが、
昔は破天荒であったみたいです。
晩年は再婚された奥様と仲睦まじい様子という記事を読みました。
たぶん、いくつも苦い経験をして、
自分のダメだった部分を反省してどんどん学ばれたから、
そういった素敵な再婚が最後はできたのではないかなって思います。
傷をいっぱい持っている人の方が学びも多いし成長していると思う。
そんな人と50代で真剣に恋愛してみたい。
私は、最後はこの人の介護は私がする!って
思える方と出会いたいと思います。
それが、50代以上の愛かな。と、考えたりします。
私が大昔元夫に「私があなたの介護すると思ってた」って話したら、
「誰がお前の世話になるか!」って言われました。
よかった、最後の相手でなくて。。
50代の愛は、その人の生きざまがコストと報酬が見合うかどうか、
なのではないでしょうか。
お墓には家もタワマンも車も持っていけませんからね。
カウンセリング ココロのオアシス代表 ぶれんだ